不運と僥倖
GM(Lain) 2012.10.11 [22:05]
エリオに促された荷馬は、素直に前へと進んだ。嫌がる風もなく、崩落した土砂へ近づく。
積みあがった土砂の数歩手前で立ち止まる――さすがにこれ以上は進めなさそうだ。
元来臆病な馬の性質を考えれば、ここまで素直に近づいただけでも上出来かもしれない。
※ ※ ※
手近な木に結び付けたロープを幾度か引っ張り、緩みがないことを確かめる。
こつん、という手応えが伝わってきた。
崩落した土砂の上に踏み込めば、足場は極めて悪いということが改めて理解されるだろう。
足許の土や泥は水をたっぷりと含んでいて滑りやすい。
転がっている石はときに不安定で、足をかけただけでぐらりと揺れるものも少なくない。
しかもそれらは一見してどの程度安定しているのかが解らない。
慎重に慎重に歩を進め――何歩目かで、浮き石に体重がかかった。
ぐらりと足場が揺れ、身体の平衡が失われる。
オートの手が、咄嗟に近くの倒木を掴んだ。
泥まみれにはなったものの、急斜面を転がり落ちるところまで行かなかったのは幸いだった。
体勢を立て直し、さらに慎重にロープを手繰ること小半刻ほど。
ようやくオートは馬車の近くまで辿り着いた。
近くで見てみれば、それが確かに馬車であること、その中に人がいてもおかしくないだけの空間が無事残されていることが解るだろう。
※ ※ ※
オートに続いて降りたラキアードは、オートよりも更に運に恵まれなかった。
普段の身のこなしであればどうということのない斜面だが、一度、二度とバランスを崩す。
その二度目、体勢を立て直そうと手を伸ばし、掴んだ石がごそりと抜けた。
一度勢いが付きはじめた身体は容易には止まらない――特にそれが、水を含んだ土砂の急斜面であれば。
幾度か斜面に身体を打ちつけ、伸びきったロープが激しい衝撃とともにまっすぐに張る。
ロープを結わえつけられた木が、ぎしりと軋んだ。
幸い、木の幹も根も、ひと1人の滑落を止められないほどの脆さではなかったようだ。
最後に止まったやや平坦な場所から、拳大の石が数個、白く牙を剥く濁流へ落ちていった。
まっすぐに滑落したため、馬車まではやや距離がある。
だが、たとえ転んでもこれ以上落ちる気遣いはない――あとはロープを支えに使いながら近づいてゆけばよいだけの話だ。
土砂や石で打ちすえられた身体のあちこちが痛みはするが、立って歩けぬほどの傷ではない。
少々の時間をかければ、オートのところまで辿り着けることだろう。
※ ※ ※
不安定な足場で、ラキアードがバランスを崩した。
そのまま滑落し、二度三度と斜面で跳ねたあと川沿いのやや平坦な場所でどうにか止まる。
革鎧に包まれた身体が地面に叩きつけられる鈍い音が、川音を圧して響いた。
ロープのおかげもあっただろうが、死なずに済んだのは幸いだった――ラキアード自身の身体の頑健さと、転がりながらもどうにか受け身を取れたことが大きいのだろう。
――と、馬車の中で物音がする。
潰れかけた馬車が小さく揺れ、幌の隙間から憔悴しきった表情の男性が顔を覗かせた。
「あなた――あなたがたは」
馬車のそばに立つオートを見、近づいてくるラキアードを見て、目許を片手で押さえ、もう一度同じ動作を繰り返した。
気が抜けたようなため息をつき、頭を振って、ふたりの冒険者に視線を戻す。
「私も、中にいる息子も、怪我をしております。
どうかパウルを――息子を、助けてはいただけませんか」
※ ※ ※
男性はライナルト・ハーマンと名乗った。
ファーズにある商家の差配役のひとりで、オランでの商談に、10になる息子を連れて出向いた帰路、土砂崩れに遭ったという。
「昨日の夕暮れ、陽が落ちたあとでした。
山に入ってから雨足が強くなり、それで夕刻までに宿に着くことができませんで」
雨の中、山中で野宿というわけにもいかず、灯りをつけて先を急いでいた、とライナルトは語った。
「突然、右からすさまじい音がして、ずしんと何かが馬車に当たりました」
あとのことはよくわからない、と彼は言う。
「馬車が急に左に傾いてそのまま横倒しになり、あとはそのまま――」
気が付いたときには御者も馬も姿が見えず、馬車は横倒しになったまま幌はひどくひしゃげていた。
泥水が流れ込んでくる中で一睡もできず、震えながら夜を明かしたのだという。
「朝方になって雨は止みましたが、明るくなって周りを見てみましたらこの有様で」
満足に動くことすらままならず、さりとてこのまま夜を待っては何が起きるかわからない、と途方に暮れていたところだ、と説明した。
パウルという名の息子の前腕部に大きな痣がある。
ひどく腫れており、動かすこともほとんどできない。
悪くすれば折れているか、少なくともひどい打撲であることは間違いがない。
ライナルトは左足を怪我しており、そちらの足に体重をかけることができないのだという。
平地であれば、杖をつくなりしてどうにか歩くことはできそうだが、足場の悪い急斜面を登ることは到底不可能と見えた。
崩落した斜面からは、今も絶え間なく泥水が流れ落ちてきている。
今すぐ再度の崩壊があるとは思えないが、半刻先、一刻先がどうであるか、この場の誰にも確証を持って言うことはできそうにない。
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■GMから
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出目ェ・・・・・・。
おっかしいなー、そうそう転がり落ちるところまではいかない予定で目標値設定したんだけどなー(gkbr
なんと申しますか、GMが胸を撫で下ろしております。
心臓によろしくない出目ですね!
>みなさま
さて、どうにかこうにかたどり着いたところで、中に人がいることが確認されました。
中年の商人とその息子の2名様で、それぞれ足と腕を怪我しており、ロープの補助があったとしても自力で登ることは不可能なようです。
助けてあげるなら救出プランの提示をどうぞ!