夜と朝

GM(Lain) 2012.10.17 [19:25]

> 「お気になさらず。
> 旅人と冒険者は、情は人のなんとやらです」

 いやしかし、とライナルトは得心のいかぬ様子だ。

「では、このお礼は必ず」

 怪我をした上に体力を消耗し、馬車も馬も失い、御者も行方が知れない。
 最悪の状況ではあるが、だからこそそのような状況で助けてくれた恩をないがしろにするわけにはいかない。

 それは商人としての矜持のようなものなのだろう。

※ ※ ※

 一刻ののち、一行は宿へ帰りついた。
 帰りつくちょうどその頃、霧のような小雨が降り始める。

 幌があるとはいえ、雨の中でもう一晩を越せばどうなっていたか。
 まして怪我をした身である。
 ライナルトはともかく、子供ゆえ体力のないパウルは。

 このままでは助からないと考えたとき、人は絶望的と解っていても危険な手段に訴えることがある。
 たとえば、怪我をした足であの急斜面を登ろうと試みたり。
 そうでなくとも、雨でふたたび斜面が崩れる可能性もあろう。
 そうなればふたりは誰にも気づかれぬまま、馬車ごと濁流に流されていた筈だ。

 冒険者たちが彼らの馬車に気付いたこと、危険を冒して彼らを救け出したことは、彼らふたりにとってまさに僥倖であったと言える。

 宿の主人もテオバルトも、冒険者たちから事情を聞き、同様の感想を抱いたようだ。

「ああ、まずは湯浴みでもなさって着替えられてはいかがですか。
 そう濡れていては風邪をひきます。
 そちらのおふたりも――はあ、怪我を」

 ではせめて湯と身体を拭く布を、と主人が言い、

「それじゃ温まれるスープでも。
 それから毛布も入用ですねえ」

 女将が答える。

 別室でふたりが着替える間、テオバルトと宿の主人の間では、ふたりの扱いをめぐって一悶着があった。

 テオバルトは金は持つから部屋を用意してやってくれと言い、
 主人は困ったときはお互い様だ金など受け取れるかと言い、

 金貨を行ったり来たりさせたあと、それじゃあなたの心意気を買うからあのふたりの宿代は持ってくれ、その分あの冒険者さん方にいい部屋と食事を、とテオバルトが提案して決着した。

「そのようなわけですので、」

 湯浴みを終えて着替えた冒険者たちに、主人は言った。

「今日はゆるりとお休みください」

※ ※ ※

 着替えと食事を供され、ライナルトとパウルはともに眠りに就いた。

 この宿で街道の再開通を待つ商人や旅人が幾人か、様子を聞きたがった。
 とはいえ特に新しい情報もなく、冒険者たちが疲れていることを慮ってか、会話もそう長くは続かない。

 テオバルトは作業の遅れを気にする風でもなく、むしろ親子を助けることができてよかったと喜んでいる様子だ。
 役目柄、自分の関わる街道で人が死ぬのはやはり辛いものなのだろう。

「いずれにせよ、一応の期限まであと6日あります。
 雨でまた作業もしづらくはなりましょうが、どうかお気をつけて」

 簡潔にそう述べ、明日は晴れるとよいのですが、という言葉を残して二階へ上がった。

 冒険者たちも今日のところは休むべきか、はたまた翌日へ向けて何がしかの準備をしておくべきか。

※ ※ ※

 翌朝、幾分か体調が回復したライナルトとパウルのふたりは、冒険者たちに改めて丁寧な礼を述べた。

「テオバルト様に伺いましたが、街道の修繕の準備へ向かわれるところであったと。
 お役目にもかかわらずわざわざ救け出していただいて、ほんとうにありがとうございます」

 ライナルトの言葉に合わせるように、パウルが深々と頭を下げる。

「まったくお礼の言葉もありませんが、せめてお名前なりとお教え願えませんか」

 それぞれ足と腕に添木をし、包帯を巻いた痛々しい姿ではあったが、少なくとも生命に別条は無さそうだ。
 ライナルトは杖をつきながらもどうにか自分の足で立てるようになったらしい。

 冒険者たちの仕事にとって、それははっきり言ってしまえば関わりのないことではあるのだが、それでもこの一事は朗報と言えた。
 何にせよ人を助けえたことはよいことに違いはないし、助けたからには永らえてほしいと考えるのが人情であるから。

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■GMから

 ややフライング気味に翌朝まで時間を進めておきます。

 が、途中にご希望通り食堂のシーンを挟みましたので作戦会議などなどはそちらでどうぞ!
 また、宿の主人夫婦やテオバルト、ライナルト・パウルの親子に頼みごとや提案などがありましたらそちらも遠慮なくご提示くださいませ。