結末のあと

GM(Lain) 2011.11.05 [20:41]

 マルドルの語る妖魔の王、悪魔の物語は、エリクセンにどのように聞こえたのか。
 頷きつつマルドルの話を聞き終えた彼は、最後の一言にだけ問い返した。

>  引き際の鮮やかさなぞ、並の人間では務まるまいよ

「貴公ならば、攻撃を続行させるかね?」

 冗談のような口調ではあるが、目は笑っていない。
 そして、自分ならばどうする、とは言わなかった。

 妖魔王への警戒を怠らぬよう、との言葉には、やや苦い表情を見せる。

「常にそのようにできればよいのだが」

 対処すべき問題は多く、騎士団の戦力は大きくはない。
 ひとつの問題に力を割くということはつまり、どこかを削らねばならないということで――。

「子爵も心苦しく思っておいでなのだ」

 だがまあしかし、と彼は続ける。

「貴公らのような冒険者がいつも招請に応じてくれるのであれば、さほどの心配は要るまいが」

※ ※ ※

「野伏の技、っつっても、その」

 ガラフに頼まれたイアンは困惑顔だ。

 ヨーセフの怪我の経過は順調で、どうにか身体を起こせるようにはなった。
 食事も徐々に摂りはじめているという。

「俺、猟師なんで、冒険のお役に立つかどうか」

 彼らの技量はつまるところ、森から生活の糧を得る、というところに主眼がある。
 いわゆる冒険者としての野外活動の技量とはまた別のものなのだ。

「でもまあ、さわりくらいなら」

 彼らに余暇はない。
 日々の生活、それだけで手一杯になるのがこういった山の暮らしであり、村の暮らしでもある。

 でも妖魔が出てるとなりゃあ、弓だの何だのの手入れくらいしか出来ませんからね、と彼は笑った。

 彼がガラフに教えたのは、野外活動の技そのものではない。
 その鍛え方、修練のしかたであった。

 足跡を読むためにどのような訓練を積めばよいか。
 己の身を隠しながら獲物に近づくには。
 足音を忍ばせて歩くためには。

 そのようなことを、ごく手短にではあったが、イアンは教えてくれた。

「俺はまだまだだ、って親父によく言われるんです」

 だから親父が元気になったらまた鍛えてもらわないと。
 父親に聞かれないようにか、小さくそう言って彼は笑う。

「親父のこと、ほんとうに、ありがとうございました」

※ ※ ※

 明日は冒険者たちが村を出るというその前夜、村では祝宴が開かれた。

 小さな村で、そう余裕のある暮らしでもなく、まして妖魔に襲われ、家畜を奪われてもいる。
 そうではあってもやはり、ひとりの死者もなく妖魔の襲撃を退けた事実は、村にとって祝うべきものであることに変わりはない。

 冒険者と衛兵たちも宴に招かれる。

 アルフレドは最初固辞していたものの是非にと言われて結局折れた。

 冒険者といくらか酒を差し交わし、衛兵にも何杯かを注いでやり、村長と静かに何事かを話し合い、そして誰も気付かぬ間に宴席から姿を消していた。

※ ※ ※

 衛兵たちは初めての戦の緊張から解き放たれたためか、それこそ潰れるまで騒ぎ続けた。
 ボリスとクラエスは妖魔との戦いを(ガラフから見れば少々の誇張を交えて)語り、仲間たちから幾許かの尊敬を得たようだ。
 ボリスは唯一の負傷者とあって、散々に「名誉の負傷」と持ち上げられた末、クラエスに「ばっかおめえ避けるのが下手糞なだけだろが」と容赦なく落とされて沈没した。

 デニス、エルメル、フランツは諸々考えるところがありつつも、「俺らは戦わんで済んでよかった」というところに落ち着いたようだ。
 とはいえ直接干戈を交えなかっただけで、彼らもまた初陣を生き延びたことに変わりはない。

 全員が無事であったことの喜びは何物にも代え難く、彼らは酒とともにその感情に酔っていた様子ではある。

※ ※ ※

 イアンにとっては、少なからず戸惑うところの多い宴席となった。

 クルトがイアンを村を救った射手と持ち上げ、いやそんなと慌てるところへアルフレドが放った一言が事態を決定付けた。

「彼の弓がなければ南からの妖魔を留め切れなかったでしょう」

 それはまったくの事実であり、また陣頭に立った従士長が吐いた言葉とあって、村人には殊更に響いたようだ。

 つい数日前までどうということのない狩人の息子であったイアンは、かくして村を救った弓の名手となった。

 あちらこちらで話をせがまれ、あるいはうちの婿に来いと迫られ、よせよせと止めに入る村人がいることに安堵すれば次の瞬間にはうちの娘のほうが器量良しだと断言されてふたたび慌てる。

 慌てるだけ慌てた態で冒険者たちに助け舟を乞うような視線を送った。

 彼が結局のところどうなったかは――ひとまず、潰れるまで飲まされたことだけは確実なのだが。

※ ※ ※

 さらに一夜明けた朝。

 出立する冒険者たちを、少なからぬ数の村人が見送りに出た。
 口々に礼を述べ、道中の無事を祈る。

 幾人かはこう言った――何もないところだけれど、是非また来てほしい。俺たちはいつでも歓迎する。

 エリクセンは冒険者たちに書状を手渡した。

「わが主君、アンセルム子爵にこれをお渡しいただきたい」

 何かと問われれば彼はこう答える。

「我ら騎士団に防衛の任を引き継いだ、との報告の書状だ。
 無論、貴公らから聞き、この目で見た貴公らの戦果も記してある」

「我らは今しばらくこの村に逗留する。
 残党の襲撃が無いとは断言できぬし、村を立て直す道筋なりとつけておかねばならん」

 であるからここでお別れだ、とエリクセンは言った。

「再び会うことがあるかどうか解らないが――いや、貴公らと会うとなれば領内でなにかあったということに他なるまい。
 ここは会わずに済むことを願うべきなのだが、敢えてこう言わせて貰おう。
 またお会いしよう、どうかそれまでつつがなく過ごされるように」

 エリクセンが剣を抜き、身体の正面に垂直に立てる――敬礼だ。
 集まっていた騎士団の従兵たちも、一斉にこれに倣った。

 冒険者たちは、村人の歓呼と騎士・従兵の敬礼に送られて帰途についた。
 帰り道は急ぐほどのこともない。アンセルムまでは1日半の道程だ。

 夜の強行軍とて景色を見ることもなかった往路ではあるが、帰路はそんな余裕も少しは持つことができるだろうか。

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■GMから

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 エピローグその2です。
 完全に後日談的ななにかでございますので適当に返信をどうぞ!


>テッピンさん

 レンジャーとハンターは技能の内容的に被る部分も多いのですが、完全に別物です。
 生活の手段と冒険の手段の違い、ということでご理解ください。

 とはいえ何もなしというのもアレですので、ハンターとしての訓練のやり方を、そのさわりだけ教わったということにしておきましょう。
 あとは自分でアレンジして練習してくださいねー。

 なお一行でご質問のありました熊の毛皮ですが、売れるものはありません
 基本的に熊は危ないので積極的には狩らないということと、偶発的に狩った場合は真っ先に自分たちで利用する、というあたりが理由です(熊の毛皮って猟師にとってはわかりやすく箔がつきますよね!)。

 こちらもあわせてご了承くださいませ!