描く
アイリス(一葉) 2013.04.23 [20:45]
その後はその後で、色々と大変だった。
ラデクの避難は幸いにも狼少年という結果で済んだけど、狼少年で済んだが故に起きる問題もある。
まったく、度し難いは目の前の事しか考えられない無能か。はっ、笑えるね。
あたしはラデクの村人たち――あたしたちが守った相手に対して、最後まで笑って接することができなかった。あの閉塞した小さな故郷を嫌でも思い起こさせたから。
妖魔の巣については、まあ、なんとかなった。
オーガーは逃げ、ダークエルフは何も喋らずじまいだったけれど、最終的に空っぽになった洞窟が見つかり、妖魔たちに少なくともすぐに再び襲ってくるだけの力は無いと判断された。
ともあれ、これであたしたちのお仕事は無事完了、と言っていいだろう。
やれやれ、一足先に、お疲れサマだ。
全く、酷い目にあった。
* * * * *
数日後、ラデクにエリクセンが到着した。
あたしたちを労い、金貨を追加報酬として示した。
> 「まあそのようなわけであるから、受けとっていただきたい。
> ついでといっては何だが、ひとつ仕事を頼まれては貰えないだろうか。
> なに、難しい話ではない――今回の一件の報告書を、わが主、子爵に届けていただきたいのだ」
>
> 「あはは、そりゃもう
> なんせ冒険譚の語りは、少し心得もありますし
> それに、報告書は学院でさんざん書いてるから大丈夫ですよ」
「ありがたく頂いておきます。......報告書はあたしパスで」
表ではへらっと受け答えして、裏でミルにこそっと呟いておく。やってくれるならやってもらっちゃおう。
なお、ボリスとクラエスについては出仕停止処分を受けたらしい。
いわゆるアレだ。ボリスとクラエスも、お疲れサマー。
その夜、ラデクでは小さな宴が催された。
けれど、バーラーやミルといくらか食事を突っつき合ったのち、あたしは早々に場を辞した。
夜闇に浮かぶラデクからの景色は穏やかで、つい数日前にあれだけの事態になったとはとても思えない。両手の親指と人差し指で枠を作り、次に描く絵の構図を考える。
普段は描かない、太陽の明かりに照らされていない世界を描こうと思ったのは何ゆえか。
村人たちの暢気さが気に入らないからか。それを我慢できない自分が腹立たしいからか。
でも、こうして夜の風に当たっている今だけ切り取ってみれば、心地はそう悪くなかった。
失敬してきたエールの杯を手に取ると、小さく掲げて一気に煽った。
とりあえず、今日も生きてる。それだけで及第点。それがあたしの生き方。
* * * * *
> 「もともと北へ向かう旅の途中でしたから」
> 「道中、どうかご無事で。
> ――いや、まあ、あの戦い以上に手強い敵など出てきはしないでしょうが」
ラデクからローナムへ戻ったその翌日、バウゼンはそう言ってあたしたちと別れた。
彼とは短い付き合いではあったけど、やはりルーンマスターは頼りになる。
敬意を示す意味でも、最後ぐらいは神官らしい態度を取ってもいいんじゃないだろうか。
両手で聖印を握りながら、殊勝に言葉を紡いでみる。
「世話になりました。貴方の行く先にヴェーナーの加護があらん事を。
......オランに来たら声を掛けてよ。旅の話を肴にエールを飲もう」
最後まで神官らしくはできなかったけど、仕方ないない。
> 「また是非、来てください」
> 「楽しみにしてますよ」
出仕停止の沙汰を下されたボリスとクラエスの姿も見えた。
あたしは手を振るふたりにひらひらと手を振りかえして笑った。
「次来る時は、のんびりできるよう祈ってるわ。
もちろん、二人もね。それじゃあ、またいつか。幸運を!」
* * * * *
行った道を戻るようにしてあたしたちはフリクセルと再び話している。
結果の報告は皆に任せきり、あたしはぼうっとしながらそれを聞いていた。
> 「さて、お願いした件はこれで落着しました。
> もしよろしければ、席を用意させましたゆえ、食事などいかがでしょうか。
> いただいた報告は報告として、村や街道の様子など、少し聞かせていただきたく思うのですが」
「ええっと、それはありがたいお話ですが、遠慮させて下さい。
何分ちょっとやりたい事もあるもので。
あ、でも報酬とかは遠慮なく。それはそれで礼儀だと思ってますから」
ささっと言って仲間たちに申し訳なさそうな顔をして手を振る。
「それじゃあ皆、また機会があればどこかで。次は楽な仕事だといいけれど。
では、艱難辛苦乗り越えて尚直向きに進もうとする我らの舳先に、
ヴェーナーの道標と大いなる幸運があらん事を。んじゃ、また!」
* * * * *
自分の仮住まいに帰ってきたあたしは、さっそくキャンバスと向き合った。
木炭で全体をざっと描く。
見渡す限りの山々と、それに囲まれた広大な森、それを貫く一筋の川。
辺りは暗く、月明かりでかろうじて様子が伺える程度。本来であれば人の立ち入らざる時間。
そこに、七匹の狼を描いた。
連れ添うように並ぶ二匹。
誰よりも前へ出て得物を探す一匹。
おっとりと他の狼を追う一匹。
斜め後ろで漂々としながら白い息を吐く一匹。
黙々と自らの務めをこなす一匹。
そして、少しだけ群れから離れた所に、最後の一匹。
稚気と言われればそれを覆す言葉は無い。
だけどそれは久しぶりに、全てを忘れて没頭できる時間になりそうだった。
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PL@一葉より:
遅くなりましたが、これで〆の日記とさせて頂きます。
皆様お疲れ様でしたっ! 報酬まとめと感想は別途にさせて頂きたいと思います。
ちょっとしたリアルダウンにつき、最後の最後で皆さんと絡めていませんが、
アイリスはあんまり素直な子じゃないんで、ご容赦頂ければと思います。
それでは!