召喚状

GM(Lain) 2012.07.05 [22:01]

 ミルを追跡行へと駆り出したのは、呆れるほど素気ない書状だった。

※ ※ ※

 ミルのもとへその手紙が届いたのは、その日の朝のことである。

 筒状に丸められた羊皮紙にはただ一行。

『本日正午、201号室へ出頭されたい――フェリックス・セーロフ』

 これだけだ。
 署名の末尾に、閉じられた本と短剣、そして盾をあしらった印章が捺されている。

 この印章、そして201号室という部屋の番号は、すこし長く学院に籍を置くものであれば皆知っている。

 内務局監察室。
 学院に所属する魔術師の非違を糺問するための――そのためだけの部署である。

 セーロフはその監察室の長にして導師。

 非を非として糺さんがための剣となり、もって学院を護る盾たらん。
 監察室の紋章にはそのような意味が籠められている。

 だが結局のところ、紋章がそれを見る魔術師に引き起こす感情は3種類に大別される。

 嫌悪か、恐怖か、その両方か、である。

 常にその刃を内側に向ける剣、とあっては、ある意味で当然の反応であった。

※ ※ ※

 裏社会と繋がりを持つ魔術師は決して多数派ではない。
 むしろごく少数派に属するといってよいだろう。

 ミルは数少ないそのひとりだ。

 冒険者生活も長くなれば、自分の立ち位置とその立場が持つ意味というものを意識せざるを得なくなる。
 たとえば、いつどのような形で目をつけられるかわからない、というふうに。

 とはいえ最近なにか目立つようなことをした覚えはないし、監察室の目に留まるようなヘマをやらかした記憶もない。

 だが、覚えがないから無視して済ませる、といった手が通用しないのが面倒なところではある。
 出頭要請への拒否は明確な非違行為として扱われることだろう。

 監察室が嫌われる所以である。

※ ※ ※

「楽にしたまえ」

 到底『楽に』できそうにない雰囲気の監察室で、室長のセーロフはそう声をかけた。

「君のことでなにか話をしようというわけではない、モフェット魔術師。
 聞けば君は日頃冒険者として活動し、魔術の実践をしているとか。
 実に結構なことだ」

 セーロフはミルに話しかける。

 言葉は親しげではあるが口調は淡々としたものだ。

 黒い瞳はミルを見据えたまま動かない。
 濃褐色の頭髪は、その生え際が頭頂部近くまで後退している。
 たくわえられた口髭に遮られて口許の表情も定かではない。

 だが想像はつく――おそらく、どんな表情も浮かんではいまい。

「君のその腕と経験を見込んで依頼したいことがある。
 我々の仕事は承知しているね?
 学院とすべての魔術師の名誉のために、我々は活動している。
 魔術師によって為された非違は魔術師によって糺されるべきなのだ」

「君も知っての通り、古代王国期の滅亡とともに失われた魔術の中には、甚だ危険なものが数多く含まれている。
 我々が制御しえないような魔力が当たり前のように用いられ、現代においては到底許されないような研究も頻繁に行われていた――我々は、かような魔術が心無い者の手に渡ることをよしとしない」

「本題に入ろう。
 学院に所属する魔術師が、禁書を持ち出した。
 君は彼を追い、禁書を奪還してもらいたい。
 追跡と奪還にあたっては、その魔術師の生死を問わない。
 とはいえ一人では危険もあろうから、口の堅い冒険者を同行させるよう。
 報酬は諸経費を別として全体で5000ガメル。
 また、禁書の管理のため、整理2課の担当員がひとり同行する。
 詳しくは彼から説明を受けるように。
 細部については君に一任する」

 セーロフが頷くと、執務机の傍らに控えていた痩身の魔術師があとを引き取った。

「ライナス・デューイです。
 どうかよろしくお願いします」

 手には魔術師の杖、紺色のローブを羽織り、胸元を紋章――閉じた本に羽ペンと葦の穂――のあしらわれたブローチで留めている。

 整理2課。
 禁書を専門に扱う部門、と、ミルは聞いたことがあるかもしれない。

 やや癖のある赤錆色の髪に濃い灰色の瞳。
 物腰はセーロフのそれとは対照的と言えるほどに柔らかい。

「では、もう、よろしいですか」

 ライナスの質問に、セーロフは黙って頷いた。
 行け、ということであるらしい。

「場所を変えましょう、モフェットさん。
 馴染みの冒険者の店があれば、そこで、というのはいかがです」

 言いながら、もうライナスの手はドアを開けている。
 はやくここを出たい、というのが彼の本音であるのかもしれない。

「ああ、モフェット魔術師」

 退出しようとするミルを、セーロフが呼び止める。

「学院は君の忠誠と能力に期待している。
 くれぐれも、よろしく頼むよ」

 感情を見せない口調で言わずもがなのことを言い、セーロフは机上の書類に目を落とす。
 会話はこれで終わり、という合図のようだった。

 ミルを通したあと、ぎりぎりで礼を失さない程度のおざなりさ加減で一礼し、ライナスは扉を閉めた。

※ ※ ※

「息が詰まりますね」

 監察室を出て最初にライナスが発した言葉がそれだった。
 さすがに声はひそめている。

「ああいう場所は苦手です」

 さてどうしましょうか、と彼はミルに尋ねる。

 冒険者の店で人を集めてから説明したほうがいいですか。
 それとも、まずはあなたに一通り説明しましょうか。

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■GMから

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>いあさん
 ミルの導入です。
 具体的な情報は出てませんしぶっちゃけフレーb(げふんげふん

 賢者の学院・監察室からの依頼です。

 概要はセーロフが述べたとおり、禁書を持って逃げた魔術師から禁書を奪還してくれ、といったものですね。
 具体的な内容は次の記事(全員の導入)で提示いたします。

 ひとまず、セーロフ&ライナスと適当にお喋りをどうぞ!